京都で土佐派と狩野派の画壇が互いにしのぎをけずっていた頃、土佐派の当主・将監の高弟であった又平は、生来の吃音で人から小馬鹿にされていたが、その画風は一般にも理解されないまま、土佐派でも狩野派でもない戯画風の一派を成しており、絵以外の世辞には子供のように疎い善人であった。将監の娘・小夜路は小さい頃から
京都で土佐派と狩野派の画壇が互いにしのぎをけずっていた頃、土佐派の当主・将監の高弟であった又平は、生来の吃音で人から小馬鹿にされていたが、その画風は一般にも理解されないまま、土佐派でも狩野派でもない戯画風の一派を成しており、絵以外の世辞には子供のように疎い善人であった。将監の娘・小夜路は小さい頃から又平が面倒を見て可愛がっていたが、当の小夜路は風采の上がらぬ又平を嫌っていた。ある日城南宮へ藤を描きに行ったところ、小夜路が狩野派の当主・清源の馬鹿息子・清四郎らと一緒に騒いでるのを見た又平は、鯰を放り投げて慌てさせる。目明しの藤六が又平を捕らえようとするが、祇園芸者の卯の喜代の機転で救われた。又平は助けてくれたお礼に卯の喜代の肌に刺青の下絵を描く約束をした。やがて、小夜路を清四郎の嫁にと清源から申し入れがあった。これを聞いた又平は清源の家に断りに行く一方...
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